これが、「子どもの権利条例」先進都市の実情です。
対教師暴力は、「子どもの権利条例」で防げません。
掃除中に遊んでいるのを注意されただけで切れて集団暴行を加えるなどという行動に出る中学生は、一体どのような教育を受けてきたのか。一体、「子どもの権利条例」の下、何を教えられてきたのか。
広島市の説明会で、生徒指導担当の先生が、生徒指導の現場の実態を訴え、「広島市子ども条例」が、生徒指導をますます困難にすることを切実に訴えたにも拘わらず、広島市こども未来局の担当者は、権利を教えればなくなる、と余りにも能天気で無責任な回答しかしませんでした。
その一つの答えは、「子ども条例」先進都市・川崎で出たわけです。
広島市の発想には、根本において誤りがあるといわねばなりません。
いじめが最も少ない県が福島県という調査結果がありました。1万人に一人です。これは、会津藩の伝統が地元に息づいている結果と見ることが出来るでしょう。
会津日新館の「什の掟」は有名ですが、「子ども条例」の「理念」とは真っ向から対立するように思われます。
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
一、年長者には御辞儀をしなければなりませぬ
一、嘘言を言うことはなりませぬ
一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
一、弱い者をいじめてはなりませぬ
一、戸外で物を食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことは ならぬものです
「ならぬことは ならぬものです」
広島市こども未来局の次長は、子供に納得ゆくまで説明することが大切で、頭ごなしに押し付けることはいけない、とお説教をされました。自分でも実践をはじめ、自分の意識を変えようとしているのだということです。
しかし、「ならぬことは ならぬものです」と、理屈抜きで徳目を叩きこむことが、幼少期には特に必要な時期があります。先ずは身につけてから、それを反省して真に納得して自分のものとするのは思春期以降でありましょう。理屈で説明して頭でっかちになっていいことは一つもありません。口ばかり達者になって、実際には何も出来ない、ひ弱な子供しか出来ないでしょう。ちょっとのことで切れる子供を育てるのは、実に簡単なことです。
川崎の中学生を書類送検へ 教諭への集団暴行容疑
2010.11.8 01:30
川崎市中原区の市立中学で先月、男性教諭が2年生の生徒数人に暴行を受けて顔の骨を折るけがを負った事件で、神奈川県警は8日にも、暴行などの疑いで、男子生徒(14)を横浜地検川崎支部に書類送検、傷害などの非行事実で当時13歳の男子生徒5人を児童相談所に送致や通告する方針を固めた。捜査関係者への取材で分かった。
捜査関係者によると、生徒らは10月8日午前10時ごろ、校内3階の廊下で、男性教諭数人に殴るけるの暴行を加えた疑いが持たれている。暴行を受けた30代の教諭が顔の骨を折る重傷で病院に搬送され、40代の教諭が腰などに軽傷を負った。
県警や市教委によると、暴行は前期終業式後の掃除の時間に行われた。軽傷を負った教諭が遊んでいた生徒を注意した際、生徒数人ともみ合いとなり、重傷を負った教諭らが止めに入ったところ、暴行を受けたという。生徒側は「遊んでいたのを注意されて腹が立った」などと話しているという。
川崎市では今年6月、同市多摩区の市立中学3年の男子生徒=当時(14)=が校内暴力などのいじめを理由に自殺をする問題が発生。市教委はいじめなどの校内暴力の防止に向けて対策に力を入れている最中だった。市教委は「このような問題が起きて非常に残念。保護者とも連携して対策を考えていきたい」と話している。
2010/09/16
広島市子ども条例(子どもの権利条例)、9月議会上程見送り!
中国新聞が報じた記事が以下の通りです。
3月議会での上程見送りに続いて今度で2度目の見送りとなります。
6月議会も上程されるかもしれないといううわさもありましたが、早々に沙汰やみになった経緯もありました。
9月議会での上程見送りの意味は大きいと思われます。
何となれば、来年の統一地方選挙において、広島市長選挙も行われます。それまでに12月議会、3月議会がありますが、既に選挙モードに突入し、条例制定どころではなくなる、とも思われるからです。当然予算審議もあります。
しかしながら、市長が「政治生命をかける」とまで口に出して言った(らしい)条例ですので、手段を選ばず(既に担当部局の「こども未来局」は勿論、「広島市教育委員会」もなりふりかまわぬ動きで突っ走っているとの噂です)に制定をごり押ししてくることも考えられます。
家庭と教育の問題ではありますが、「条例制定」となるとどうしても議会や役所という「政治」の動向が絡んできます。本来、政治の具ではありませんが、政治によって家庭や教育が翻弄されるという現実の中では、サイレントマジョリティたる保護者や教師たちも声を上げざるを得なかった、というのが、「教師と保護者の会」の思いのようです。
今の時代、地元に責任を取るのは、どこの誰とも分からない中央の官庁でもなく、政治家でもなく、一人ひとりであるということを肝に銘じて、「条例制定阻止」まで頑張っていきたいと思います。
3月議会での上程見送りに続いて今度で2度目の見送りとなります。
6月議会も上程されるかもしれないといううわさもありましたが、早々に沙汰やみになった経緯もありました。
9月議会での上程見送りの意味は大きいと思われます。
何となれば、来年の統一地方選挙において、広島市長選挙も行われます。それまでに12月議会、3月議会がありますが、既に選挙モードに突入し、条例制定どころではなくなる、とも思われるからです。当然予算審議もあります。
しかしながら、市長が「政治生命をかける」とまで口に出して言った(らしい)条例ですので、手段を選ばず(既に担当部局の「こども未来局」は勿論、「広島市教育委員会」もなりふりかまわぬ動きで突っ走っているとの噂です)に制定をごり押ししてくることも考えられます。
家庭と教育の問題ではありますが、「条例制定」となるとどうしても議会や役所という「政治」の動向が絡んできます。本来、政治の具ではありませんが、政治によって家庭や教育が翻弄されるという現実の中では、サイレントマジョリティたる保護者や教師たちも声を上げざるを得なかった、というのが、「教師と保護者の会」の思いのようです。
今の時代、地元に責任を取るのは、どこの誰とも分からない中央の官庁でもなく、政治家でもなく、一人ひとりであるということを肝に銘じて、「条例制定阻止」まで頑張っていきたいと思います。
街頭行進1 広島市子ども条例(子どもの権利条例)の制定に反対する広島の教師と保護者が立ちあがりました!
広島県教委が「広島市子ども条例」の問題点に言及!
この9月議会に「広島市子ども条例」が上程される可能性が高いと言われていましたが、9月1日の中国新聞報道で、見送りが決まったとあり、一安心いたしました。
表向きに言われることと、裏で実際に画策されていることがあまりにも違い過ぎるというのが最近の政治です。
それが確信的に行われているのが「子ども条例」であり、子供を出汁にして教育現場への介入の橋頭保にしようというものです。
8月19日の県議会文教委員会において、中津県議会議員の質問に対して、県教育委員会の教育部長の答弁においてこのことを指摘していたのは大変印象深く、中国新聞8月20日の記事でも5段抜きで報道していました。
このやりとりが、「日刊廣島」にて報道されていましたので、以下転記させて頂きます。
「文教委員会質疑応答」
中津議員
広島市は子ども条例についてパンフレットを配布するなどしている。子ども条例について、広島市から県教育委員会へは、何か働きかけはあったか。
教育部長
広島市教育委員会から、子ども条例の素案にかかわるパンフレットを「広島市内及び近郊の県立学校へ配布したい」という意向がしめされた。また、条例の骨子の試案について説明を受けた。
中津議員
パンフレットの配布についてどのように回答したのか。
教育部長
現時点では回答していない。
中津議員
回答していないのはなぜか。また今後の対応は。
教育部長
条例素案では、子どもの自由な意見表明や参加する権利及び「子どもの権利擁護委員会」の設置について述べている。広島市の制定する条例を広島市民の子どもが通学する県立学校に対して適用させる条項もあり、生徒が学校で定められた校則等に対して意見表明や救済を求めることなどによって、円滑な学校運営の妨げとなることが懸念される。そのため県教育委員会としては素案であるパンフレットを県立学校に配布されることの影響について検討している。
中津議員
条例化されることにより、どのような懸念があるか。
教育部長
「子どもが参加する環境の整備」の項目には、子どもの自由な意見表明や参加する権利について述べられており、例えば「バイクの三ない運動」や「携帯電話の校内持ち込み禁止」などの校則等について、権利擁護委員会への救済申し立てができるシステムを利用して、学校もしくは設置者に対して、校務運営に関わる内容について干渉してくる可能性もあると懸念される。これは過去「八者合意文書」によって、「連携」の名の下に職員団体や運動団体が、運動論に基づいた主張を展開することを正当化するような状況がつくられ、校長権限が著しく制約された本県の歴史を踏まえたとき、校長権限が制約され円滑な学校運営が妨げられる事態を危惧させるものと考えている。
中津議員
子ども条例ということから、健康福祉こども家庭課など、教育委員会以外の部局も関連するが、広島市からの他部局への働きかけはあったのか。
教育部長
他部局への状況については承知していない。
杉西副委員長
広島市の働きかけへの対応は慎重に行わなければならない。回答する際は、県議会にも諮っていただきたい。
以下は、中国新聞に掲載された記事です。
表向きに言われることと、裏で実際に画策されていることがあまりにも違い過ぎるというのが最近の政治です。
それが確信的に行われているのが「子ども条例」であり、子供を出汁にして教育現場への介入の橋頭保にしようというものです。
8月19日の県議会文教委員会において、中津県議会議員の質問に対して、県教育委員会の教育部長の答弁においてこのことを指摘していたのは大変印象深く、中国新聞8月20日の記事でも5段抜きで報道していました。
このやりとりが、「日刊廣島」にて報道されていましたので、以下転記させて頂きます。
「文教委員会質疑応答」
中津議員
広島市は子ども条例についてパンフレットを配布するなどしている。子ども条例について、広島市から県教育委員会へは、何か働きかけはあったか。
教育部長
広島市教育委員会から、子ども条例の素案にかかわるパンフレットを「広島市内及び近郊の県立学校へ配布したい」という意向がしめされた。また、条例の骨子の試案について説明を受けた。
中津議員
パンフレットの配布についてどのように回答したのか。
教育部長
現時点では回答していない。
中津議員
回答していないのはなぜか。また今後の対応は。
教育部長
条例素案では、子どもの自由な意見表明や参加する権利及び「子どもの権利擁護委員会」の設置について述べている。広島市の制定する条例を広島市民の子どもが通学する県立学校に対して適用させる条項もあり、生徒が学校で定められた校則等に対して意見表明や救済を求めることなどによって、円滑な学校運営の妨げとなることが懸念される。そのため県教育委員会としては素案であるパンフレットを県立学校に配布されることの影響について検討している。
中津議員
条例化されることにより、どのような懸念があるか。
教育部長
「子どもが参加する環境の整備」の項目には、子どもの自由な意見表明や参加する権利について述べられており、例えば「バイクの三ない運動」や「携帯電話の校内持ち込み禁止」などの校則等について、権利擁護委員会への救済申し立てができるシステムを利用して、学校もしくは設置者に対して、校務運営に関わる内容について干渉してくる可能性もあると懸念される。これは過去「八者合意文書」によって、「連携」の名の下に職員団体や運動団体が、運動論に基づいた主張を展開することを正当化するような状況がつくられ、校長権限が著しく制約された本県の歴史を踏まえたとき、校長権限が制約され円滑な学校運営が妨げられる事態を危惧させるものと考えている。
中津議員
子ども条例ということから、健康福祉こども家庭課など、教育委員会以外の部局も関連するが、広島市からの他部局への働きかけはあったのか。
教育部長
他部局への状況については承知していない。
杉西副委員長
広島市の働きかけへの対応は慎重に行わなければならない。回答する際は、県議会にも諮っていただきたい。
以下は、中国新聞に掲載された記事です。
2010/05/17
お粗末!広島市子ども条例について考えるシンポジウム
広島市子ども未来局の中村課長は、中立であるべき公務員の立場を逸脱して、条例制定賛成派のパネラーとして席に座った。
この一事をもってしても、広島市のおかしさは免れない。
本来なら、賛否両論を「聴く」立場でなければならないはずだろう。
このシンポジウムは作為に満ちていたが、会場に集った市民の様子は圧倒的に反対の声が大きかった。
「まず制定ありき」の市の姿勢は、市民の声を聴くどころか、「聴く必要はない(某)」との立場に貫かれている。
お上の言うことに黙って従っていればいいのだと言わんばかりの広島市のやり方は、ほとんどファシズムだ。
ファシズムは国家社会主義の訳だが、ソーシャリストが行政権を握るとファシズム化するという公理が成り立ちそうだ。
今の広島市は、ファシズムに侵されている。
会場は、こわばった空気、違和感が満ち溢れていたが、「子ども条例」が制定されたら、一体子供たちはどうなってしまうのか、不安と危機感を高めた保護者たちのストレートな声によってこわばりが突き破られた。
会場には、条例制定推進派の市議や副市長ら、また教育委員会の関係者らも多く顔を揃えていた。
この一事をもってしても、広島市のおかしさは免れない。
本来なら、賛否両論を「聴く」立場でなければならないはずだろう。
このシンポジウムは作為に満ちていたが、会場に集った市民の様子は圧倒的に反対の声が大きかった。
「まず制定ありき」の市の姿勢は、市民の声を聴くどころか、「聴く必要はない(某)」との立場に貫かれている。
お上の言うことに黙って従っていればいいのだと言わんばかりの広島市のやり方は、ほとんどファシズムだ。
ファシズムは国家社会主義の訳だが、ソーシャリストが行政権を握るとファシズム化するという公理が成り立ちそうだ。
今の広島市は、ファシズムに侵されている。
会場は、こわばった空気、違和感が満ち溢れていたが、「子ども条例」が制定されたら、一体子供たちはどうなってしまうのか、不安と危機感を高めた保護者たちのストレートな声によってこわばりが突き破られた。
会場には、条例制定推進派の市議や副市長ら、また教育委員会の関係者らも多く顔を揃えていた。
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